養豚業界が抱える構造的課題との出会い
「日本の養豚農家は今、存続の危機に瀕しています」。横山健太郎氏は静かに、しかし力強くそう語り始めた。株式会社アグリマインドは、AIとIoTを活用した養豚経営支援システムを開発し、全国120以上の養豚農家に導入実績を持つ食農テック企業だ。
横山氏が起業を決意したのは、実家の養豚業を手伝っていた大学時代の経験がきっかけだった。「父が経営する農場では、年間5,000頭を出荷していましたが、飼料価格の高騰と人手不足で利益率が年々悪化していました。特に分娩事故率が15%を超え、これが経営を圧迫していたんです」。
IT企業でデータサイエンティストとして5年間勤務した後、2018年に同社を創業。「畜産業界には、製造業では当たり前のデータマネジメントが存在していませんでした。これは大きなチャンスだと確信しました」と当時を振り返る。
センサー技術とAI解析で実現する「予兆管理」
アグリマインドが開発した「PigTech Manager」は、豚舎内に設置した複数のIoTセンサーからリアルタイムでデータを収集する。温度、湿度、CO2濃度といった環境データに加え、個体識別タグによる豚の行動パターン、給餌量、体重変化などを24時間365日モニタリングする。
「特に力を入れているのが分娩予兆の検知です。母豚の行動パターンをAIが分析し、分娩の12時間前にアラートを出します。これにより、農家は適切なタイミングで分娩介助ができ、子豚の圧死や低体温症を防げます」。実際、導入農家では分娩事故率が平均8.2%まで低下し、離乳頭数が1腹あたり1.8頭増加したという。
さらに、疾病の早期発見にも効果を発揮する。「豚熱(CSF)や豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)などの感染症は、発見が遅れると農場全体に壊滅的なダメージを与えます。私たちのシステムは、摂餌行動の変化や体温上昇の微細な兆候をAIが検知し、獣医師への通知を自動化しています」。
飼料コスト最適化で粗利益率を改善
養豚経営において飼料費は総コストの約60%を占める最大の変動費だ。横山氏は「ここにメスを入れなければ、真の収益改善は実現できない」と強調する。
PigTech Managerには精密給餌機能が搭載されている。個体ごとの成長曲線をAIが予測し、最適な給餌量とタイミングを自動調整する仕組みだ。「従来は経験則で『育成期は1日2kg』といった画一的な給餌でしたが、個体差は非常に大きい。私たちはデジタルツイン技術で各個体の成長をシミュレーションし、出荷目標体重115kgに対して±2kg以内の精度で到達させます」。
この結果、飼料要求率(FCR)が従来の2.9から2.6に改善し、1頭あたりの飼料コストが約4,200円削減された事例もある。「年間5,000頭出荷する農場なら、それだけで2,100万円のコスト削減です。これは粗利益率を15%から23%に押し上げる計算になります」。
データは嘘をつきません。感覚や経験も大切ですが、それをデータで裏付け、再現性を持たせることが次世代の畜産には不可欠なんです。
横山健太郎氏
労働環境改善と事業承継への貢献
システム導入のもう一つの大きな効果が労働時間の削減だ。養豚業は早朝から深夜まで、365日休みなく豚の世話が必要な過酷な仕事として知られる。「多くの農家では、夜中も2時間おきに分娩豚舎を見回る必要がありました。これが若い世代の就農を阻む大きな要因でした」。
PigTech Managerの導入により、夜間の見回り作業は不要になり、緊急時のみスマートフォンにアラートが届く。「ある導入農家では、月間労働時間が380時間から230時間に削減されました。経営者は『初めて家族と夕食を取れるようになった』と喜んでくださいました」。
この労働環境改善は、事業承継にも好影響を与えている。「データに基づいた経営は、若い世代にとって魅力的です。実際、私たちのシステムを導入した農家の32%で、後継者が戻ってくるか、新規就農者を雇用できたというデータがあります」。
持続可能な畜産業の未来に向けて
アグリマインドは現在、次のステージとしてカーボンニュートラル養豚の実現に取り組んでいる。「畜産業は温室効果ガス排出の大きな要因とされていますが、適切な管理で大幅に削減できます」と横山氏は説明する。
具体的には、豚の糞尿から発生するメタンガスをバイオガス発電に活用し、そのエネルギーで豚舎の空調を管理する循環型システムを開発中だ。「すでに実証実験では、農場のエネルギー自給率を65%まで高めることに成功しています。2025年までにカーボンニュートラル認証農場を50カ所創出することが目標です」。
また、ブロックチェーン技術を活用したトレーサビリティシステムも構築中だ。「消費者は『どこで、どのように育てられた豚肉か』を知りたがっています。私たちのシステムで管理された豚肉には、飼育環境、使用飼料、投薬履歴などがすべて記録され、QRコードで確認できるようになります」。
現在、同社の年間経常収益は8.5億円。今後3年間で導入農家数を500に拡大し、売上30億円を目指す。「日本の畜産業を、儲かる産業、魅力的な産業に変えたい。そして世界中の畜産農家にこの技術を届けたいんです」。横山氏の目は、すでに次の地平を見据えている。