熊本発の水産養殖テックスタートアップ、アクアセンス。独自開発の水中センサーとAI解析により、養殖魚の健康管理と餌の最適化を実現。持続可能な漁業への挑戦を聞いた。
IoTセンサーとAIが実現する「見える化養殖」
編集部
まず、御社の事業内容について教えてください。
水野CEO
私たちアクアセンスは、水産養殖業向けのIoTセンサーとAI解析プラットフォームを開発・提供しています。具体的には、養殖生簀に設置する水中センサーで水温・溶存酸素・pH・濁度などの水質データをリアルタイムで計測し、さらに水中カメラで魚の行動をモニタリングします。これらのデータをクラウド上でAI解析することで、魚の健康状態の把握、最適な給餌タイミングの提案、病気の早期発見などを可能にしています。現在、全国25の養殖場で導入いただいており、ブリ、マダイ、サーモンなど様々な魚種に対応しています。
編集部
養殖業にテクノロジーを持ち込もうと考えたきっかけは何だったのでしょうか。
水野CEO
私の実家が熊本で養殖業を営んでいたんです。幼い頃から父が早朝から深夜まで働く姿を見てきました。養殖は24時間365日、魚の状態を気にかけなければならない過酷な仕事です。特に夏場の酸欠や赤潮、冬場の水温管理など、常に神経を尖らせていました。父は「魚が話せたらどんなに楽か」といつも言っていたんです。その言葉がずっと心に残っていて、東京の大手IT企業でエンジニアとして働いていた時に、「今の技術なら魚の声を可視化できるのでは」と思ったのが起業のきっかけです。2018年に地元の熊本に戻り、父の養殖場で実証実験を始めました。
編集部
開発当初はどのような課題がありましたか。
水野CEO
最初の壁は海水環境に耐える耐久性のあるセンサー開発でした。塩分による腐食、波や潮流による物理的衝撃、海洋生物の付着など、陸上とは全く異なる過酷な環境です。試作品を何度も海に沈めては壊れ、の繰り返しでした。また、養殖業者の方々は新しい技術に懐疑的な方も多く、「長年の勘と経験が一番」という考えが根強かった。ですから最初の2年間は、父の養殖場で実績を作ることに専念し、実際にデータに基づく給餌管理で餌代を30%削減し、出荷サイズまでの成長期間を20%短縮できたことを数字で示すことができました。これが大きな転換点になりましたね。
「魚が話せたらどんなに楽か」という父の言葉が、テクノロジーで実現できる時代になった
── 水野CEO
データドリブンな養殖がもたらす経済効果と環境保全
編集部
AI解析によって、具体的にどのような効果が得られるのでしょうか。
水野CEO
大きく分けて3つの効果があります。まず給餌の最適化です。従来は経験則で「この時期はこれくらい」という感覚で餌を与えていましたが、水温や魚の活動量に応じて最適な給餌量とタイミングをAIが提案します。これにより餌の無駄が削減され、養殖業のコストの約50%を占める餌代を平均25〜35%削減できています。二つ目は病気の早期発見です。AIが魚の遊泳パターンを学習し、異常な動きを検知すると即座にアラートを出します。これまで気づいた時には手遅れだった病気も、初期段階で対処できるようになり、へい死率を約40%低減させています。三つ目は労働時間の削減です。夜中に見回りに行く必要がなくなり、スマホで生簀の状態を確認できるため、養殖業者の労働時間は平均で週15時間削減されています。
編集部
環境面でのメリットもあるのでしょうか。
水野CEO
はい、これは私たちが最も重視している点です。過剰な給餌は食べ残しの餌が海底に沈殿し、海洋汚染の原因になります。また、養殖魚の排泄物も海域の富栄養化を引き起こします。適正な給餌管理によって海洋環境への負荷を大幅に低減できるんです。実際、当社のシステムを導入している養殖場の周辺海域では、DO値(溶存酸素量)が改善し、底質の状態も良好に保たれているというデータが出ています。持続可能な養殖業の実現には、経済性と環境保全の両立が不可欠です。テクノロジーはそれを可能にする鍵だと確信しています。
編集部
今後、さらに進化させていきたい機能はありますか。
水野CEO
現在開発中なのが個体識別技術です。画像認識AIをさらに高度化し、一匹一匹の魚を識別して成長度合いをトラッキングする技術です。これにより、出荷に最適なサイズに達した個体だけを選別して水揚げできるようになります。また、魚病診断AIの精度向上にも取り組んでいます。魚類専門の獣医師は全国でも非常に少なく、診断を受けるまでに時間がかかってしまいます。AIが病気の種類まで特定できれば、迅速な治療が可能になります。さらに長期的には、海流予測や気象データと連携して、赤潮発生リスクや最適な出荷時期まで予測できるプラットフォームに進化させたいと考えています。
経済性と環境保全の両立。それが持続可能な養殖業の未来を創る
── 水野CEO
養殖業の担い手不足解決と海外展開への挑戦
編集部
日本の養殖業が抱える課題について、どのように認識されていますか。
水野CEO
最大の課題は深刻な後継者不足です。養殖業従事者の平均年齢は65歳を超えており、若い世代が参入しにくい産業構造になっています。理由は明確で、労働環境が過酷すぎるんです。休みがない、収入が不安定、ITスキルが不要と思われているなど、若者にとって魅力的に映りません。しかし、テクノロジーで労働環境を改善し、データに基づく経営で収益性を高め、さらにスマート農業ならぬ「スマート養殖」としてブランディングできれば、若い世代にとっても魅力的な産業に変えられると思っています。実際、当社の導入先では30代の新規参入者が増えているんですよ。
編集部
海外展開についてはどのようにお考えですか。
水野CEO
すでに動き始めています。2023年には東南アジア、特にベトナムとインドネシアでの実証実験を開始しました。これらの国々では養殖業が急成長しており、日本以上に技術革新への意欲が高いです。ただし、現地特有の課題もあります。例えば、通信インフラが不安定な地域では、クラウドだけでなくエッジコンピューティングで処理する必要があります。また、養殖している魚種も異なるため、AIモデルの再学習が必要です。現在はシンガポールの投資会社から資金調達を行い、アジア展開のための現地法人設立を準備しています。2027年までにアジア太平洋地域で100施設への導入を目標としています。
編集部
養殖業の未来について、どのようなビジョンを描いていますか。
水野CEO
私は養殖業が「海のサステナブルファクトリー」になると考えています。天然漁業資源の枯渇が世界的な問題になる中、養殖は持続可能なタンパク質源として極めて重要です。しかし、従来型の養殖では環境負荷や効率性の面で限界がありました。テクノロジーの力で、環境に優しく、経済的にも持続可能で、労働環境も改善された次世代の養殖業を実現したい。それが私たちのミッションです。日本の養殖技術は世界トップレベルですが、テクノロジーとの融合ではまだ発展途上です。この分野で日本が世界をリードし、「Made in Japanの水産テック」を世界に輸出できる日を目指しています。父が苦労してきた養殖業を、息子の世代が誇りを持って継ぎたいと思える産業にすることが、私の最大の目標です。
編集部
最後に、今後参入を考えている起業家へメッセージをお願いします。
水野CEO
農業・食農テックの領域は、まだまだ解決すべき課題が山積みで、イノベーションの余地が非常に大きい分野です。特に日本の一次産業は高齢化と後継者不足という共通の課題を抱えており、テクノロジーによる解決が待たれています。ただし、現場を深く理解せずに技術だけを持ち込んでも失敗します。私自身、最初の2年間は父の養殖場で泥まみれになって働きました。現場の課題を肌で感じ、生産者との信頼関係を築くことが何より重要です。そして、単なる効率化ではなく、環境保全や持続可能性という大きなビジョンを持つこと。それが長期的な事業の成功につながります。一緒に日本の一次産業を未来につなげていきましょう。
父が苦労してきた養殖業を、息子の世代が誇りを持って継げる産業に変えたい
── 水野CEO
まとめ
・水産養殖向けIoTセンサーとAI解析で、水質モニタリングと魚の健康管理を実現し、餌代25〜35%削減とへい死率40%低減を達成
・実家の養殖業の過酷な労働環境を目の当たりにした経験から起業を決意。「魚の声の可視化」をテクノロジーで実現
・適正な給餌管理により海洋環境への負荷を低減し、経済性と環境保全を両立する持続可能な養殖モデルを構築
・スマート養殖として若手参入者が増加。2027年までにアジア太平洋地域100施設導入を目指し、日本発の水産テックの海外展開を加速
・実家の養殖業の過酷な労働環境を目の当たりにした経験から起業を決意。「魚の声の可視化」をテクノロジーで実現
・適正な給餌管理により海洋環境への負荷を低減し、経済性と環境保全を両立する持続可能な養殖モデルを構築
・スマート養殖として若手参入者が増加。2027年までにアジア太平洋地域100施設導入を目指し、日本発の水産テックの海外展開を加速
企業情報
| 会社名 | 株式会社アクアセンス |
|---|---|
| 業種 | 農業・食農テック |
| 役職 | 代表取締役CEO |
| 代表者 | 水野 健太郎 |