地方旅館のDX化が生み出す新しい観光価値
「瀬戸内エリアには素晴らしい宿泊施設が数多くあるにもかかわらず、デジタル対応の遅れから機会損失を起こしている施設が少なくありません」と語るのは、株式会社瀬戸内トラベルイノベーションの村上健太郎社長だ。同社は2018年の創業以来、中小規模の旅館・民宿に特化したデジタルマーケティング支援とオンライン予約システムの提供を行ってきた。
村上社長が着目したのは、大手OTA(オンライン・トラベル・エージェント)への依存度が高く、直販比率が10%未満という地方旅館の現状だった。「OTA経由の予約では手数料が15〜20%かかり、利益率を圧迫しています。さらに顧客データも十分に活用できず、リピーター獲得も困難でした」。こうした課題を解決すべく、同社は自社予約サイト構築支援とCRM(顧客関係管理)システムをパッケージ化したサービス「RYOKAN DX Suite」を開発。現在、瀬戸内5県で127施設が導入し、平均して直販比率を38%まで向上させることに成功している。
特筆すべきは、単なるシステム提供にとどまらず、デジタルマーケティング人材の育成まで支援している点だ。「システムを導入しても使いこなせなければ意味がありません。私たちは月2回のオンライン勉強会と年4回の対面研修を実施し、各施設の若手スタッフをデジタル担当者として育成しています」と村上社長は強調する。
体験型観光コンテンツのマッチングプラットフォーム展開
2021年からは新たな事業として、着地型観光のマッチングプラットフォーム「SETOUCHI Experience」を立ち上げた。これは地域の漁師や農家、職人などが提供する体験プログラムと旅行者をつなぐサービスだ。「インバウンド需要が回復する中で、単なる観光地巡りではなく、地域の人々との交流や本物の体験を求める旅行者が増えています」と村上社長は市場動向を分析する。
プラットフォームには現在、234の体験コンテンツが登録されており、2023年の取扱高は2億3,800万円に達した。「釣り体験」「みかん収穫」「藍染め体験」「精進料理作り」など、地域に根ざしたユニークな体験が人気を集めている。特に注目すべきは、体験提供者の78%が60歳以上の高齢者という点だ。「地域の高齢者が持つ技術や知識を観光資源として活用することで、交流人口の増加と地域経済の活性化を同時に実現できます」。
さらに同社は、宿泊施設と体験コンテンツを組み合わせたダイナミックパッケージの造成にも力を入れている。AIを活用した推薦エンジンにより、旅行者の嗜好に合わせた最適な宿泊施設と体験の組み合わせを提案。平均すると従来の宿泊のみのプランと比較して、客単価が42%向上しているという。
サステナブルツーリズムへの取り組みと地域との共創
村上社長が次に注力しているのが、サステナブルツーリズムの推進だ。「観光産業は地域資源に依存しているからこそ、その保全と持続可能性に責任を持つべきです」という信念のもと、2022年に「SETOUCHI Green Travel認証制度」を独自に創設した。
この認証制度では、環境配慮、地域経済への貢献、文化保全の3つの観点から宿泊施設を評価。基準を満たした施設には認証マークを付与し、同社のプラットフォームで優先的に表示される仕組みだ。「認証取得施設は平均して予約率が23%向上しています。環境意識の高い旅行者層からの支持が厚いのです」と村上社長は手応えを語る。現在、42施設が認証を取得しており、2025年までに100施設への拡大を目指している。
観光は単なる産業ではなく、地域の文化や自然を次世代に継承するための手段でもあります。私たちは技術の力で、持続可能な観光の仕組みを作りたいのです。
村上健太郎社長
また、オーバーツーリズム対策として、AIによる混雑予測システムも開発中だ。観光地ごとの来訪者数をリアルタイムで把握し、混雑が予想される時間帯には別の観光スポットや体験プログラムを提案することで、旅行者の分散化を図る。「地域住民の生活と観光の両立は、これからの観光業界が解決すべき重要な課題です」と村上社長は指摘する。
インバウンド回復期における戦略と今後のビジョン
2023年の訪日外国人旅行者数が2,506万人と回復傾向にある中、村上社長はインバウンド2.0とも呼ぶべき新たな段階に入ったと分析する。「かつてのゴールデンルートを巡る団体旅行から、地方の隠れた魅力を求める個人旅行へとニーズがシフトしています」。
同社では多言語対応を強化し、英語、中国語、韓国語に加えて、2024年からはタイ語とフランス語にも対応予定だ。さらに、イスラム教徒向けのハラール対応施設の情報提供や、ベジタリアン・ヴィーガン対応の食事情報なども充実させている。「多様な文化的背景を持つ旅行者を受け入れる体制を整えることが、これからの地方観光には不可欠です」。
今後の展開として、村上社長はMaaS(Mobility as a Service)との連携を構想している。「瀬戸内エリアは島嶼部も多く、二次交通の不便さが課題でした。地域の交通事業者と連携し、宿泊・体験・移動を一体化した予約・決済システムを構築したい」。実証実験として、2024年夏には尾道市と共同でスマートフォンアプリによる統合予約システムの運用を開始する予定だ。
また、ワーケーション市場の拡大も見据えている。「コロナ禍を経て働き方が多様化し、地方でリモートワークをしながら観光も楽しむニーズが高まっています」。瀬戸内エリアの古民家や空き家をリノベーションし、高速Wi-Fiやワークスペースを完備した長期滞在向け施設の開発も進めている。2024年度中に15施設をオープンさせ、平均滞在日数7日以上の利用を目指す。
村上社長は最後にこう展望を語った。「私たちのミッションは、テクノロジーの力で地方と旅行者をつなぎ、双方に価値を提供し続けることです。地域の人々が誇りを持って観光に携わり、旅行者が心から満足できる体験を得られる。そんな持続可能な観光エコシステムを瀬戸内から全国へ、そして世界へと広げていきたいですね」。地域に根ざしたイノベーションが、日本の観光産業の未来を切り拓いていく。