体験型旅行市場に見出した可能性
「観光公害という言葉が広がる一方で、地方には人が来ないという矛盾がありました」と語るのは、株式会社旅紡ぎの高瀬真理子社長だ。2019年の創業以来、同社は体験型旅行と着地型観光に特化したプラットフォームを展開。大手旅行代理店での15年の経験を持つ高瀬氏は、従来のマスツーリズムに限界を感じ、新たな旅行ビジネスモデルの構築に踏み切った。
「大手時代は年間送客数やADR(平均客室単価)の向上ばかりを追いかけていました。しかし本当に求められているのは、旅行者と地域の双方が幸せになる関係性だと気づいたんです」。同社のプラットフォームには現在、全国47都道府県から約380の体験プログラムが登録されており、月間利用者数は延べ3万2000人に達している。特にワーケーション需要の高まりを受け、2023年度の取扱高は前年比185%と急成長を遂げた。
高瀬氏が重視するのは、地域の「日常」を旅行コンテンツ化することだ。農家での収穫体験、地域の祭りへの参加、伝統工芸の職人との対話など、コト消費を軸にしたプログラム設計により、リピート率は業界平均の22%を大きく上回る58%を記録している。
サステナブルツーリズムの実践モデル
旅紡ぎのビジネスモデルで特徴的なのは、レベニューシェア型の収益構造だ。プラットフォーム手数料は業界標準の15〜20%ではなく、わずか8%に設定。残りの92%は地域事業者に還元される仕組みだ。「私たちが目指すのは短期的な利益ではなく、地域経済の持続可能性です」と高瀬氏は強調する。
同社はDMO(観光地域づくり法人)との連携も積極的に進めている。長野県飯山市では、地域のDMOと共同で「雪国文化体験プログラム」を開発。オフシーズンの集客という課題に対し、冬季以外の魅力を掘り起こすことで、年間を通じた観光客の平準化に成功した。結果、同地域の宿泊施設の年間稼働率は47%から68%へと向上している。
地域には必ず固有の文化や歴史があります。それを「商品」ではなく「物語」として伝えることで、旅行者の心に残る体験になる。私たちはその物語の翻訳者でありたいんです。
高瀬真理子氏
また、JSTS-D(日本版持続可能な観光ガイドライン)に準拠した運営体制を構築し、環境負荷の少ない旅行スタイルの普及にも注力している。カーボンオフセットプログラムの導入や、地域公共交通の利用促進など、具体的な施策を通じて「責任ある旅行」を提唱している。
テクノロジーと人の温もりの融合
デジタル化が進む旅行業界において、旅紡ぎは独自のポジショニングを確立している。自社開発のマッチングアルゴリズムにより、旅行者の嗜好や過去の行動データから最適な体験プログラムを提案。同時に、予約後は専任のトラベルコンシェルジュが一人ひとりに寄り添う「ハイブリッド型サービス」を展開している。
「AIだけでは地域の微妙なニュアンスや、その時々の状況は伝えられません。テクノロジーは効率化のためのツールであり、最終的には人と人との対話が旅の価値を高めるんです」。同社のコンシェルジュチームは25名で、全員が地域滞在経験者または観光コーディネーター資格保持者だ。平均応答時間は2時間以内、顧客満足度は4.7/5.0という高い評価を維持している。
また、地域事業者向けにはCRM(顧客関係管理)システムを無償提供。予約管理だけでなく、顧客データの分析機能により、小規模事業者でもデータドリブンな経営判断が可能になった。「デジタルデバイドを解消することも、私たちの重要な役割です」と高瀬氏は語る。
インバウンド回復と今後の展望
2024年に入り、インバウンド需要が本格的に回復する中、旅紡ぎは多言語対応を強化している。英語、中国語、韓国語に加え、タイ語とフランス語のサービスも開始。特に欧米からの旅行者は「authenticity(本物志向)」を重視する傾向が強く、同社の体験型プログラムとの親和性が高い。
「FIT(個人旅行者)の増加は、私たちにとって大きなチャンスです。団体旅行では味わえない、ディープな日本体験を求める層に、地方の魅力を届けたい」。実際、外国人利用者の平均滞在日数は8.3日と、訪日外国人全体の平均4.5日を大きく上回っており、地方分散と長期滞在という政府の観光政策とも合致している。
今後の展開について高瀬氏は、「2025年度中に登録プログラム数を500に拡大し、取扱高20億円を目指します。同時に、MaaS(Mobility as a Service)との連携により、移動から体験までシームレスなサービスを実現したい」と意欲を示す。また、企業の福利厚生プログラムとしての導入も進めており、すでに大手企業12社と契約を締結している。
地方創生と観光産業の持続可能性という社会課題に、ビジネスとして真正面から取り組む旅紡ぎ。「旅は人生を豊かにし、地域に活力をもたらす。その循環を生み出すプラットフォームであり続けたい」という高瀬氏の言葉には、強い信念が込められていた。観光業界に新しい風を吹き込む同社の挑戦は、まだ始まったばかりだ。