築地仲卸から冷凍食品ベンチャーへの転身
東京・豊洲に本社を構える株式会社匠冷食は、高級和食を急速冷凍技術で商品化し、BtoB・BtoC両市場で急成長を遂げている注目企業だ。代表取締役社長の森川隆志氏は、築地市場で30年以上続く鮮魚仲卸の三代目として生まれ育ったが、2018年に家業を弟に譲り、45歳で匠冷食を創業した。
「築地時代、毎日素晴らしい魚を扱っていましたが、流通の過程で鮮度が落ちていく現実を目の当たりにしてきました。特に地方の名店や海外の日本食レストランでは、入荷のタイミングや物流コストの問題で、本当に良い素材を使えないケースが多かった。一方で、急速冷凍技術の進化を知り、これなら日本の食文化を正しい形で世界中に届けられると確信したんです」
創業当初の資本金は3000万円。森川氏自身の貯蓄と、築地時代の取引先だった料亭オーナーからの出資で事業をスタートした。最初の1年間は、液体急速冷凍機やCAS(Cells Alive System)冷凍機など、複数の冷凍技術の比較検証に費やした。「食材によって最適な冷凍方法は異なります。魚の照り焼きと煮魚では、細胞破壊の度合いが変わるため、冷凍カーブを変える必要があるんです」と森川氏は語る。
ミシュラン料理人とのコラボレーション戦略
匠冷食の転機となったのは、創業2年目に実現したミシュラン一つ星日本料理店とのコラボレーションだった。「技術だけでは美味しい商品は作れません。本物の和食の味を知る料理人の監修が不可欠でした」。森川氏は、築地時代のネットワークを活かし、複数の有名料理人にアプローチ。最終的に、京都の老舗料亭で修行した気鋭の料理人・藤原氏の協力を取り付けた。
藤原氏監修のもと開発された「本格煮魚シリーズ」は、-40度の液体急速冷凍により、煮汁の味が魚に染み込んだ状態を完璧に保存することに成功。湯煎で8分という手軽さながら、料亭の味を再現できる商品として、まず高級スーパーや百貨店での取り扱いが始まった。初年度の売上は2億円。翌年には料理人監修シリーズを15SKUまで拡大し、売上は8億円に跳ね上がった。
「フードロス削減の観点からも、我々の技術は意味があります」と森川氏は強調する。「料亭では、仕込んだ料理が予約キャンセルで廃棄されるケースも少なくない。我々の技術で冷凍保存できれば、廃棄率を大幅に下げられます。実際、提携している料亭では廃棄率が35%から8%に改善した事例もあります」
BtoB事業の拡大と人材不足への解決策
2021年からはBtoB事業を本格化。飲食店の慢性的な人手不足と、和食調理の技術継承問題に着目した。「若い料理人が減り、煮物や焼き物の基本すらできない店が増えています。我々の商品を使えば、未熟な料理人でも一定レベル以上の和食を提供できる」
現在、全国約1200店舗の飲食店が匠冷食の業務用商品を採用。居酒屋チェーンから高級和食店まで、業態は幅広い。特に注目されているのが、セントラルキッチンを持たない中小チェーン向けのソリューションだ。「10店舗規模のチェーンでは、セントラルキッチンの設備投資は現実的ではありません。我々の商品を使えば、初期投資ゼロで料理の標準化が実現できます」
業務用商品の平均単価は1パック800円から1500円。一般的な冷凍食品の1.5倍から2倍の価格設定だが、人件費削減効果と歩留まり率の向上(廃棄ロスがほぼゼロ)により、トータルコストでは優位性があるという。実際、導入した居酒屋チェーンでは、調理スタッフを3名から2名に削減でき、月間人件費を約40万円削減できた事例もある。
海外展開と今後のビジョン
2022年からは海外市場にも本格参入。まずは和食需要が高いアメリカ西海岸とシンガポールで販売を開始した。「海外の日本食レストランの多くは、日本人以外が経営しており、本格的な和食を作れる料理人も少ない。我々の商品は、そうした市場にこそ価値があります」
海外展開で課題となったのは、各国の食品輸入規制とコールドチェーンの整備状況だった。「シンガポールは物流インフラが整っているので比較的スムーズでしたが、アメリカはFDAの認証取得に8ヶ月かかりました。また、-18度を保つ物流網の確保も重要です。一度でも温度管理が崩れると、商品価値が失われますから」
現在、海外売上比率は全体の18%だが、2025年までに40%まで引き上げる計画だ。「ヨーロッパ、特にパリやロンドンでも日本食ブームは続いています。現地のディストリビューターとの提携を進めており、来年中には欧州市場にも参入予定です」
技術面では、さらなる進化も追求している。「現在開発中なのは、解凍不要で食べられる冷凍和食です。半解凍状態で最適な食感になるよう、冷凍カーブと素材の水分率を調整しています。実現すれば、コンビニの冷凍食品売り場でも展開できる」
森川氏は、日本の食文化継承という大きなミッションも掲げる。「和食は2013年にユネスコ無形文化遺産に登録されましたが、肝心の日本国内で和食離れが進んでいます。我々の技術で、手軽に本格和食を楽しめる環境を作れば、若い世代にも和食文化を継承できる。それが私の最終目標です」
2024年3月期の売上高は18億円、経常利益率は12%を見込む。「5年後には売上50億円、上場も視野に入れています。ただし、規模の拡大だけが目的ではありません。日本の食文化を正しく世界に伝え、次世代に継承する。そのために必要な成長を目指します」
冷凍技術は単なる保存手段ではなく、時間と空間を超えて美味しさを届けるタイムマシンです。日本の職人技を、世界中の食卓へ。それが私たちの使命なんです。
森川隆志