全国15軒の老舗旅館・ホテルを再生してきた萩原氏が、コロナ禍を経て見出した「地域共創型」経営モデルとは。従業員満足度と収益性を両立させる独自戦略に迫る。
老舗旅館再生から見えてきた業界の構造課題
編集部
萩原社長は2015年の創業以来、全国各地で老舗旅館の再生事業に取り組んでこられました。まず、この事業を始められたきっかけを教えていただけますか。
萩原社長
私はもともと外資系コンサルティングファームで、ホテル・観光業の再生案件を多く手がけていました。その中で気づいたのは、日本の老舗旅館の多くは経営ノウハウや資金面で課題を抱えている一方で、建物や立地、何より「物語」という素晴らしい資産を持っているということです。この資産を活かしきれずに廃業していく様子を数多く見て、自分で事業を立ち上げて本格的に取り組もうと決意しました。創業から8年で15軒の旅館・ホテルを再生し、現在は全施設合わせて年間約25億円の売上を計上しています。
編集部
15軒もの再生実績は驚異的ですね。再生案件を選ぶ際の基準はどのようなものでしょうか。
萩原社長
三つの基準があります。一つ目は地域における存在意義です。単なる宿泊施設ではなく、地域のランドマークとして愛されてきた歴史があるか。二つ目は建物の骨格の良さ。意匠や構造に独自性があり、現代に通用する価値があるか。三つ目は地域コミュニティとの関係性です。地元の方々が再生を望んでいるか、協力体制が築けるかを重視します。この三つが揃っている施設は、確実に再生できると確信しています。
編集部
実際の再生プロセスで最も苦労される点は何ですか。
萩原社長
やはり人材の確保と育成ですね。施設のハード面は資金で解決できますが、サービスの質を支える人材は一朝一夕には育ちません。特に地方では若い人材が不足しています。私たちは再生時に既存従業員の8割以上を継続雇用することを原則としていますが、新しい経営理念やオペレーションに適応してもらうには時間がかかります。ただ、地域を愛し、施設を愛する方々の情熱は本物ですから、適切な研修とキャリアパスを示せば必ず成果が出ます。
日本の老舗旅館は経営ノウハウの不足で廃業していくが、建物・立地・物語という素晴らしい資産を持っている
── 萩原社長
コロナ禍で加速した「地域共創型」経営への転換
編集部
2020年からのコロナ禍は観光業界に大きな打撃を与えました。御社はどのように対応されたのでしょうか。
萩原社長
正直に言えば、2020年4月から6月は地獄のような日々でした。全施設の稼働率が10%を下回り、月間で約8,000万円の赤字が続きました。しかし、この危機が「地域共創型」経営モデルへの転換を加速させる契機になりました。具体的には、旅館を観光客だけのものではなく、地域住民にも開かれた場所にしようと考えたんです。レストランのランチ営業、地元企業のワーケーション利用、温泉の日帰り利用など、地域の方々に日常的に使っていただける施設に変えていきました。
編集部
「地域共創型」という言葉が印象的ですが、具体的にはどのような取り組みなのでしょうか。
萩原社長
三つの柱があります。まず「地域雇用の創出」。私たちの15施設で約450名を雇用していますが、そのほとんどが地元採用です。次に「地域産品の活用」。食材や備品、アメニティなどを可能な限り地元から調達し、年間約3億円を地域経済に還元しています。そして「地域文化の発信」。伝統工芸や祭り、地域の物語を宿泊体験に組み込み、観光客と地域をつなぐ役割を果たします。この三つを実践することで、施設が地域に根ざし、地域からも支えられる関係性が生まれます。
編集部
地域との関係構築で印象に残っているエピソードはありますか。
萩原社長
石川県で再生した旅館の話です。再生前は地元との関係が希薄で、従業員も「ただ働く場所」という意識でした。私たちは地元の酒蔵、陶芸家、漁師の方々と連携し、「地域の魅力を伝える宿」というコンセプトで再構築しました。すると従業員の意識が変わったんです。「自分たちは地域の魅力を伝える大使だ」という誇りを持つようになり、サービスの質が劇的に向上しました。結果として宿泊単価は1.5倍になり、稼働率も85%を超えています。地域の方々も「あの旅館が誇りだ」と言ってくださるようになりました。
編集部
従業員満足度の向上も経営の重要な柱だと伺っています。
萩原社長
観光業の最大の課題は離職率の高さです。業界平均が30%を超える中、当社は12%まで抑えています。秘訣は三つ。一つ目は「適正な給与」。業界平均より15%高い水準を維持しています。二つ目は「明確なキャリアパス」。料理長、女将、支配人など、具体的な目標を示します。三つ目は「働き方改革」。シフト制の工夫やIT導入で残業時間を削減し、年間休日120日を実現しています。従業員が幸せでなければ、お客様を幸せにできませんから。
観光客だけでなく地域住民にも開かれた場所にすることで、施設が地域に根ざし支えられる関係性が生まれる
── 萩原社長
データ活用と人間味の融合──これからの観光業に必要なもの
編集部
近年、旅館経営にもDXやデータ活用が求められていますが、御社の取り組みを教えてください。
萩原社長
2021年から本格的にデータ経営に舵を切りました。全施設に統合予約管理システムと顧客データベースを導入し、宿泊履歴、嗜好、記念日などを一元管理しています。例えば、3回目のご来館のお客様には前回の食事内容を踏まえた新メニューを提案する、記念日が近い方には事前にプラン提案をするなど、データを活用したパーソナライズを実現しています。また、動態データ分析により、曜日別・季節別の需要予測精度が向上し、適正な価格設定とスタッフ配置が可能になりました。
編集部
データ活用と、旅館ならではの「人間味あるおもてなし」のバランスはどう考えていますか。
萩原社長
非常に重要な質問ですね。私は「データは手段であり、目的は人と人との心の通った接客」だと考えています。データがあることで、お客様一人ひとりの背景や好みを事前に把握でき、より深い会話や気配りができる。例えば、お子様の名前を覚えていて声をかける、常連のお客様の好きなお酒を覚えているなど、データがあるからこそできる「温かいおもてなし」があるんです。テクノロジーは人間味を奪うのではなく、むしろ人間味を増幅させるツールだと捉えています。
編集部
インバウンド需要が回復していますが、今後の戦略は。
萩原社長
インバウンドは確かに重要ですが、私たちは「国内需要とのバランス」を重視しています。現在の比率は国内7割、インバウンド3割ですが、この比率を維持するつもりです。インバウンド依存は為替や国際情勢の影響を受けやすい。コロナ禍の教訓は、国内の固定客をしっかり持つことの重要性でした。ただし、インバウンドの質は高めていきます。欧米豪の富裕層をターゲットに、1泊10万円以上の体験型プランを強化し、地域文化を深く理解していただく滞在を提案します。
編集部
最後に、観光業界を目指す若い世代へメッセージをお願いします。
萩原社長
観光業は「人を幸せにする仕事」です。お客様の記念日や大切な時間に立ち会い、一生の思い出づくりのお手伝いができる。こんなに素晴らしい仕事はありません。確かに労働環境や給与面で課題があった業界ですが、今まさに変革期を迎えています。テクノロジーを活用しながら、地域と共に成長し、働く人も幸せになれる観光業を、私たちは実現しつつあります。この業界に飛び込んで、一緒に新しい観光の形を作りませんか。情熱を持った若い力を、心から歓迎します。
テクノロジーは人間味を奪うのではなく、むしろ人間味を増幅させるツール。データがあるからこそできる温かいおもてなしがある
── 萩原社長
まとめ
・全国15軒の老舗旅館を再生し、地域の歴史と物語を活かした宿泊施設として蘇らせてきた実績
・コロナ禍を契機に「地域共創型」経営モデルに転換し、雇用創出・地域産品活用・文化発信の三本柱で地域と一体化
・業界平均を大きく下回る離職率12%を実現する、給与水準向上・キャリアパス明確化・働き方改革の取り組み
・データ活用と人間味あるおもてなしを融合させ、パーソナライズされた接客で年間稼働率90%超を達成
・コロナ禍を契機に「地域共創型」経営モデルに転換し、雇用創出・地域産品活用・文化発信の三本柱で地域と一体化
・業界平均を大きく下回る離職率12%を実現する、給与水準向上・キャリアパス明確化・働き方改革の取り組み
・データ活用と人間味あるおもてなしを融合させ、パーソナライズされた接客で年間稼働率90%超を達成
企業情報
| 会社名 | 株式会社和泊 |
|---|---|
| 業種 | 観光・ホテル・旅行 |
| 役職 | 代表取締役社長 |
| 代表者 | 萩原 雅人 |