社労士業界の課題を肌で感じた20年間
東京・港区のオフィスビルに拠点を構える株式会社ヒューマンテック・パートナーズ。代表の藤原健吾氏は、特定社会保険労務士として20年以上のキャリアを持つベテランだ。大手社労士法人で実務経験を積んだ後、2015年に独立開業。当初は伝統的な社労士業務を中心に展開していたが、徐々にクライアント企業のニーズが変化していることを感じ取った。
「特に2018年頃から、働き方改革関連法の施行を控えて、単なる給与計算や社会保険手続きの代行だけでは満足してもらえなくなりました。クライアントが求めているのは、労務管理の効率化と戦略的な人事施策の提案。そこで、ITツールを活用した労務DXの支援に舵を切ったんです」と藤原氏は振り返る。
現在、同社は従業員18名を擁し、年商は約2億3,000万円。顧問先企業は約180社に上り、その約7割が従業員50名以下の中小企業だ。従来の社労士業務に加え、クラウド勤怠管理システムやタレントマネジメントシステムの導入支援、人事評価制度の設計・運用支援などを一気通貫で提供している。
士業とITエンジニアの協働体制
ヒューマンテック・パートナーズの最大の特徴は、社労士資格保有者とITエンジニアが同じ組織内で協働している点にある。藤原氏は2017年、思い切ってシステム開発経験のあるエンジニアを2名採用した。
「最初は社内の理解を得るのに苦労しました。士業の事務所にエンジニア?という反応でしたから。でも、36協定の締結状況や残業時間の管理、年次有給休暇の取得義務化への対応など、法改正に伴う業務は確実にシステム化が必要でした」
現在、同社には社労士資格保有者が7名、人事労務コンサルタントが5名、そしてITエンジニアが4名在籍している。エンジニアチームは、クライアント企業の既存システムとfreee人事労務やSmartHRなどのクラウドサービスとの連携支援、API活用による業務自動化の提案などを担当する。
「例えば、勤怠データから自動的に割増賃金を計算し、給与システムに連携させる。さらに労働時間の傾向を分析して、特定部署での長時間労働のリスクをアラートで通知する。こうした仕組みを構築することで、クライアント企業の人事担当者は本来の戦略業務に集中できるようになります」
士業の価値は、単なる手続き代行ではなく、企業の経営課題を解決するパートナーになることです。そのためには、テクノロジーを味方につけることが不可欠だと考えています。
藤原健吾氏
中小企業の人事評価制度改革を支援
同社のもう一つの強みが、人事評価制度の設計・運用支援だ。多くの中小企業では、明確な評価基準がなく、経営者の主観的な判断で昇給や賞与が決定されるケースが少なくない。藤原氏はこの課題に正面から取り組んでいる。
「年間で約30社の人事評価制度構築を支援しています。特にジョブ型雇用への移行を検討する企業が増えており、職務記述書(ジョブディスクリプション)の作成から、評価項目の設定、目標管理制度(MBO)の導入まで一貫してサポートします」
実際の支援プロセスでは、まず経営者や管理職へのヒアリングを通じて、企業理念や事業戦略を理解する。次に、職種ごとに求められるコンピテンシーを定義し、評価シートを設計。その後、評価者研修を実施し、実際の運用をサポートする。通常、制度設計から運用開始までに約6ヶ月を要するという。
「制度を作っただけでは機能しません。重要なのは運用とPDCAサイクル。初年度は特に、評価会議に同席してアドバイスを行い、翌年度に向けた制度改善の提案も行います。顧問契約の中に人事評価運用支援を組み込むことで、継続的な改善が可能になります」
同社の人事評価制度支援を受けた企業では、従業員満足度が平均で18ポイント向上し、離職率も年間平均で約30%低下したというデータもある。
これからの士業に必要な視点
藤原氏は、士業・コンサルティング業界の未来について明確なビジョンを持っている。「生成AIの登場で、定型的な業務はさらに自動化が進むでしょう。社労士でいえば、労働保険の年度更新や算定基礎届の作成などは、AIがほぼ対応できるようになる。そうなったとき、我々の価値はどこにあるのか」
その答えとして、藤原氏が掲げるのが「経営者の戦略パートナー」としての役割だ。単に法令遵守のアドバイスをするだけでなく、人事労務の観点から企業の成長戦略を支援する。例えば、新規事業立ち上げ時の雇用形態の選択、M&A時の労働条件の統一、グローバル展開における海外派遣者の労務管理など、より高度で戦略的なテーマに取り組む。
「2024年4月からは、労働条件明示のルールがさらに厳格化されました。また、2024年10月には社会保険の適用拡大が段階的に進んでいます。法改正は次々と行われますが、それに対応するだけでは付加価値は生まれません。法改正を企業の人事戦略見直しの機会と捉え、採用力強化や生産性向上につなげる提案ができるかどうかが勝負です」
同社では現在、社内にナレッジマネジメントシステムを構築し、過去の相談事例や提案内容をデータベース化している。これにより、若手スタッフでもベテランの知見を活用でき、サービス品質の標準化を実現している。
「今後は、業界特化型のサービス開発も視野に入れています。例えば、建設業向けには建設業法や安全衛生管理に特化した労務コンサルティング、IT業界向けには裁量労働制の適正運用支援など。業界の商習慣や特性を深く理解した上でのアドバイスは、汎用的なサービスとは差別化できます」

藤原氏の目標は、2027年までに年商5億円、従業員30名体制を構築すること。そして、中小企業の人事労務DXを推進するリーディングカンパニーとしてのポジションを確立することだ。士業の枠を超えた挑戦は、まだ始まったばかりである。