地方百貨店から全国ECへ。老舗「いろは百貨店」が挑む顧客体験革新
流通・小売・EC

地方百貨店から全国ECへ。老舗「いろは百貨店」が挑む顧客体験革新

創業120年の百貨店が描く、リアル×デジタル融合戦略

株式会社いろは百貨店

藤崎 千鶴
代表取締役社長 藤崎 千鶴 株式会社いろは百貨店

地方都市で3店舗を展開する老舗百貨店が、EC事業を軸に全国展開を実現。伝統的な接客ノウハウとテクノロジーを融合させ、新たな顧客価値を創造する挑戦を聞く。

地方百貨店が直面した危機と転換点

編集部
貴社は創業120年を超える老舗百貨店ですが、近年EC事業に本格参入されました。その背景を教えてください。
藤崎社長
当社は祖父の代から地方都市で百貨店を営んできましたが、2015年頃から売上の減少が顕著になりました。人口減少に加え、大型ショッピングモールの進出、そしてAmazonや楽天といったECの台頭により、既存のビジネスモデルでは立ち行かないという危機感を強く持ちました。特に若年層のお客様が店舗に来なくなったことは深刻でした。私が社長に就任したのは2017年ですが、当時は従業員の平均年齢も55歳を超え、組織全体に閉塞感が漂っていました。
編集部
危機的状況の中で、なぜEC事業を選択されたのでしょうか。
藤崎社長
実は最初からECありきではありませんでした。まず取り組んだのは、当社の強みを徹底的に分析することです。そこで見えてきたのが、120年間培ってきた目利き力と接客ノウハウでした。特に地元の優良メーカーとの信頼関係、商品選定眼、お客様一人ひとりに合わせた提案力は、大手ECにはない価値だと確信しました。この強みを全国のお客様に届ける手段として、EC事業が最適だと判断したのです。単なるオンラインショップではなく、「デジタル上の百貨店体験」を提供することを目指しました。
編集部
社内の反発はありませんでしたか。
藤崎社長
正直に言えば、大きな抵抗がありました。特にベテラン社員からは「百貨店は対面接客が命」「ネットで高級品は売れない」といった声が相次ぎました。ただ、私は現場の販売員を巻き込む戦略を取りました。ECサイトに「コンシェルジュチャット」機能を実装し、店舗の販売員がオンラインでも接客できる仕組みを作ったのです。これにより、彼らのスキルがデジタル上でも活かせることを実感してもらい、徐々に理解が広がっていきました。

デジタルは敵ではなく、私たちの強みを拡張するツールなのです

── 藤崎社長

独自のOMO戦略と顧客体験設計

編集部
「デジタル上の百貨店体験」とは、具体的にどのようなものですか。
藤崎社長
一般的なECサイトは商品を並べて価格競争をしますが、当社は違います。まず、商品ページには必ずバイヤーのコメントと動画を掲載しています。なぜこの商品を選んだのか、どんなシーンで使えるのか、作り手のストーリーまで伝えます。さらに、オンライン接客では過去の購入履歴や好みを参考に、まるで馴染みの店員のように提案します。実店舗で培った「お客様を覚えている」という体験をデジタルで再現したのです。また、オンラインで購入した商品を店舗で受け取れば、その場で販売員がコーディネート提案をするなど、オンラインとオフラインをシームレスに繋ぐOMO戦略を徹底しています。
編集部
実際の成果はいかがですか。
藤崎社長
2019年にEC事業を本格始動し、初年度の売上は全体の5%程度でしたが、2023年には30%まで成長しました。特に注目すべきは、EC経由で当社を知り、実店舗に来店するお客様が全体の20%に達したことです。遠方のお客様が「旅行のついでに寄りたい」と来店されるケースも増えました。また、40代以下の顧客比率が10%から35%に上昇し、顧客の若返りにも成功しています。客単価もEC・店舗ともに15%向上しました。これは、デジタルとリアルの相乗効果だと考えています。
編集部
OMO戦略を進める上で、最も苦労された点は何ですか。
藤崎社長
在庫と顧客データの統合です。従来、店舗ごとに在庫管理をしていたため、ECと店舗で在庫情報がリアルタイムに共有できませんでした。システム投資に2億円をかけ、全店舗とECの在庫を一元管理するプラットフォームを構築しました。また、顧客データも店舗のPOSとECで分断されていたため、CRMシステムを刷新し、オンライン・オフライン問わず顧客の行動が追えるようにしました。この基盤整備に2年を要しましたが、今ではこれが当社の競争力の源泉になっています。

お客様にとって、オンラインもオフラインも関係ない。一つの「いろは百貨店」として認識されることが重要です

── 藤崎社長

地域との共生と次世代への挑戦

編集部
EC事業の拡大により、地域との関係性に変化はありましたか。
藤崎社長
むしろ深まったと感じています。当社のECでは地元メーカーの商品を積極的に全国発信しており、「いろは百貨店セレクション」として地域の名産品を特集しています。これにより、地元の小規模事業者が全国に販路を広げるお手伝いができています。ある伝統工芸品メーカーは、当社のECを通じて売上が3倍になり、後継者問題も解決したと喜んでいただきました。また、EC売上の一部を地域活性化基金として還元する仕組みも作りました。デジタル化は地域を捨てることではなく、地域の価値を増幅させるツールだと実感しています。
編集部
今後の展望について教えてください。
藤崎社長
2024年は「パーソナライゼーション元年」と位置づけています。AIを活用し、お客様一人ひとりの好みやライフスタイルに合わせた商品提案をさらに高度化します。すでにテストを始めていますが、購入履歴や閲覧データから「次に欲しくなるもの」を予測し、最適なタイミングで提案する仕組みです。ただし、あくまで人の温かみを残します。AIの提案を基に、最終的には人が接客する形です。また、バーチャル店舗の展開も計画しています。メタバース空間に当社の店舗を再現し、アバターを通じた接客やイベントを実施する予定です。
編集部
最後に、同じような課題を抱える地方小売企業へメッセージをお願いします。
藤崎社長
デジタル化は大手企業だけのものではありません。むしろ、地方企業こそデジタルを活用すべきだと考えています。なぜなら、地方には大手にはない独自の価値や強みがあるからです。それをデジタルで拡張すれば、商圏を全国、さらには世界に広げられます。重要なのは、自社の強みを見失わないこと。デジタルは手段であり、目的ではありません。お客様に何を提供したいのか、自社は何を大切にするのか、その軸を明確にした上でテクノロジーを活用すれば、必ず道は開けます。当社も試行錯誤の連続ですが、挑戦し続けることで新しい可能性が見えてきました。一緒に次の時代を切り拓いていきましょう。

伝統と革新は対立するものではなく、融合させることで新しい価値が生まれる

── 藤崎社長
📝 まとめ
・創業120年の地方百貨店が、人口減少とEC台頭による危機を乗り越えるため本格的なデジタル化に着手
・店舗販売員のスキルを活かした「オンライン接客」と在庫・顧客データ統合によるOMO戦略で、EC売上比率を30%まで拡大
・デジタル経由の実店舗来店が20%、40代以下の顧客比率が35%に上昇し、顧客の若返りと客単価向上を実現
・地域メーカーの商品を全国発信することで地域経済活性化にも貢献し、デジタルと地域共生を両立

🏢企業情報

会社名 株式会社いろは百貨店
業種 流通・小売・EC
役職 代表取締役社長
代表者 藤崎 千鶴
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