自動車部品向け精密金型で国内トップシェアを誇る老舗メーカー。三代目社長が語る、職人技とデジタル技術の共存、そして海外展開への挑戦。
三代目として継承した伝統と、変革への決意
編集部
桐生社長は三代目として2018年に社長に就任されましたが、当時の会社の状況と、就任時に抱いていた課題感についてお聞かせください。
桐生社長
祖父が1964年に創業し、父が二代目として会社を大きくしてきました。私が継いだ時点で従業員は約180名、年商は45億円規模でした。しかし、このままでは10年後には確実に衰退するという危機感を強く持っていました。理由は三つあります。一つ目は熟練職人の高齢化。当時、金型製作の中核を担う職人の平均年齢が58歳に達していました。二つ目は自動車業界の構造変化。EVシフトによって従来の部品需要が激減することが見えていました。三つ目はデジタル化の遅れ。図面は紙、工程管理は手書き、という状態で、若い世代には魅力的に映らない職場環境でした。
編集部
就任直後から大胆な改革に着手されたと伺っています。具体的にどのような取り組みを始められたのでしょうか。
桐生社長
まず着手したのが「デジタルツイン工場」の構築です。約3億円を投資して、工場内のすべての機械をIoT化し、生産状況をリアルタイムで可視化するシステムを導入しました。当初は社内、特にベテラン職人から強い反発がありました。「今まで問題なくやってきたのに、なぜ変える必要があるのか」と。しかし、私は毎週末に職人一人ひとりと対話の場を設けました。デジタル化は職人の技術を否定するものではなく、むしろその技術を「見える化」し、次世代に継承するためのツールだと説明し続けました。半年かけて理解を得ていったプロセスは、今振り返っても本当に大変でしたね。
編集部
実際にデジタル化を進めた結果、どのような効果が表れましたか。
桐生社長
導入から2年で劇的な変化がありました。まず納期遵守率が92%から99.2%に向上しました。工程の遅れをリアルタイムで把握できるようになったことで、問題が起きる前に対処できるようになったんです。さらに予想外だったのが、ベテラン職人たちが積極的にシステムを活用し始めたこと。自分の作業データを分析することで、長年の経験と勘を数値で裏付けられることに気づいたんです。今では70歳の職人が若手にタブレットを使って技術指導している光景が日常になっています。生産性は約30%向上し、残業時間も大幅に削減できました。
デジタル化は職人技を否定するのではなく、その価値を最大化し次世代につなぐ武器なんです
── 桐生社長
人材育成と働き方改革で実現する「選ばれる企業」
編集部
製造業全体で人手不足が深刻化していますが、御社では若手の採用状況はいかがですか。
桐生社長
おかげさまで、ここ3年間は新卒採用の応募倍率が10倍を超えています。これは業界平均と比べてもかなり高い数字です。秘訣は「最先端のものづくりができる環境」と「働きやすさ」の両立です。まず設備面では、5軸マシニングセンタや3Dプリンタなど最新設備を積極的に導入しています。若いエンジニアは新しい技術に触れたいという欲求が強いですから。次に働き方改革。製造業では難しいとされていた週休3日制を、希望者には選択できるようにしました。現在、従業員の約40%がこの制度を利用しています。
編集部
週休3日制を製造現場で実現するのは非常に難しいと思いますが、どのように運用されているのでしょうか。
桐生社長
確かに製造ラインを止めるわけにはいきませんから、綿密な計画が必要でした。生産計画の平準化とスキルマトリックスの整備がポイントです。誰がどの工程をこなせるかを可視化し、多能工化を進めることで、特定の人がいなくても生産が回る体制を作りました。また、AIを活用した需要予測システムを導入し、繁閑の差を最小化しました。結果として、従業員満足度は大きく向上し、離職率は業界平均の8%に対して、当社は2%以下を維持しています。優秀な人材が定着することで、技術力もさらに高まるという好循環が生まれています。
編集部
技術継承についてはどのような取り組みをされていますか。
桐生社長
当社では「デジタル技能伝承プログラム」を実施しています。ベテラン職人の作業をウェアラブルカメラで撮影し、視線の動きや微妙な手の動きまでデータ化します。さらにVR技術を使って、若手が何度でも仮想空間で練習できる環境を整えました。ただし、誤解してほしくないのは、これで完結するわけではないということ。最後は必ずマンツーマンの指導があります。データとアナログ、両方の組み合わせで、従来10年かかっていた技術習得期間を5〜6年に短縮できました。現在、20代の若手職人が国際的な金型コンテストで入賞するなど、確実に成果が出ています。
技術継承はデジタルだけでも、アナログだけでも不十分。両方の良さを掛け合わせることで、スピードと質の両立が可能になる
── 桐生社長
グローバル展開と次世代事業への挑戦
編集部
海外展開についても積極的に取り組まれていると伺いました。現在の状況を教えてください。
桐生社長
2020年にベトナム、2022年にメキシコに生産拠点を設立しました。単なるコスト削減ではなく、顧客の近くでタイムリーに供給する体制を目指しています。特に自動車メーカーは世界中に生産拠点を持っていますから、現地で迅速に金型のメンテナンスや新規製作ができることが大きな競争優位になります。現在、海外売上比率は35%まで高まり、5年後には50%を目指しています。ただし、品質管理は徹底しています。日本で培った技術標準を完全にマニュアル化し、月に一度は日本の技術者が現地に赴いて指導しています。
編集部
EV化の進展によって事業構造も変化していると思いますが、新規事業への取り組みはいかがでしょうか。
桐生社長
まさに今、大きな転換期です。従来の内燃機関向け部品の金型需要は今後確実に減少します。そこで当社は医療機器分野と航空宇宙分野に注力しています。精密金型の技術は医療用カテーテルや人工関節の製造にも応用できます。すでに大手医療機器メーカー3社と取引が始まっており、この分野は今後5年で売上の20%を占める見込みです。また、航空宇宙分野では、ドローンや小型人工衛星の部品製造に参入しました。これらの分野は自動車よりもさらに高い精度が要求されますが、当社の技術力なら十分対応できると確信しています。
編集部
最後に、今後のビジョンと、日本の製造業全体への思いをお聞かせください。
桐生社長
当社のビジョンは「100年続く、世界から必要とされる金型メーカー」になることです。そのためには、常に技術革新を続け、変化を恐れない組織文化を維持することが不可欠です。日本の製造業全体に対しては、もっと自信を持ってほしいと思っています。確かに人件費では新興国に勝てません。でも、精度、品質、納期厳守、きめ細かな対応——これらは日本の製造業が築いてきた圧倒的な強みです。この強みをデジタル技術で増幅させれば、まだまだ世界で戦えます。「日本の製造業は終わった」という論調もありますが、私は全く逆だと思っています。今こそ、伝統と革新を融合させる絶好のチャンスです。次世代に誇れる製造業を、共に作り上げていきましょう。
日本の製造業が築いた強みをデジタルで増幅させれば、まだまだ世界のトップを走り続けられる
── 桐生社長
まとめ
・創業60年の精密金型メーカーが直面した熟練職人の高齢化とEVシフトという二重の危機
・3億円を投資したデジタルツイン工場の構築により、納期遵守率99.2%、生産性30%向上を実現
・週休3日制の導入や最新設備投資で新卒応募倍率10倍超、離職率2%以下を達成
・ベトナム・メキシコへの海外展開と、医療機器・航空宇宙分野への新規参入で事業の多角化を推進
・3億円を投資したデジタルツイン工場の構築により、納期遵守率99.2%、生産性30%向上を実現
・週休3日制の導入や最新設備投資で新卒応募倍率10倍超、離職率2%以下を達成
・ベトナム・メキシコへの海外展開と、医療機器・航空宇宙分野への新規参入で事業の多角化を推進
企業情報
| 会社名 | 株式会社ミナト精密工業 |
|---|---|
| 業種 | 製造・メーカー |
| 役職 | 代表取締役社長 |
| 代表者 | 桐生 健太郎 |