創業家三代目が挑んだ技術革新
静岡県浜松市に本社を構える株式会社東洋精密工業。1958年の創業以来、自動車部品や産業機械向けの精密金属加工を手がけてきた同社が、近年半導体製造装置部品の分野で急成長を遂げている。その原動力となっているのが、同社が独自開発した「超精密ナノ研磨技術」だ。
「祖父が創業し、父が事業を拡大してきたこの会社を、私の代で終わらせるわけにはいきませんでした」と語るのは、代表取締役社長の藤崎健一郎氏。2010年に三代目として社長に就任した当時、同社の売上高は約35億円。しかし取引先の大手自動車メーカーの海外生産移管により、受注量は年々減少傾向にあった。
藤崎社長は危機感を抱き、新たな事業の柱を模索した。そこで着目したのが半導体製造装置向けの部品市場だった。「当時、半導体の微細化が進む中で、製造装置部品にも表面粗さRa値0.01μm以下という極めて高い精度が求められるようになっていました。しかし、それを安定的に実現できる技術を持つ企業は世界でも限られていたのです」
10年の研究開発期間を経て完成した独自技術
藤崎社長は2011年から研究開発チームを立ち上げ、ナノレベルの超精密研磨技術の開発に着手した。年間売上の約8%にあたる研究開発費を投じ、東京工業大学との産学連携も積極的に推進。試行錯誤を重ねた結果、2021年についに独自の研磨技術を確立した。
「従来の研磨技術では、どうしても表面に微細な傷が残ってしまいました。私たちが開発したのは、独自配合の研磨剤と温度・圧力を精密制御する装置を組み合わせた手法です。これにより、表面粗さRa値0.005μmという世界最高水準の精度を実現しました」
この技術により、同社は半導体露光装置メーカーや真空チャンバー製造企業から注目を集めることになる。2022年には米国の大手半導体製造装置メーカーとの取引が開始され、年間契約額は約12億円に達した。さらに2023年には台湾、韓国の企業とも取引を開始し、海外売上比率は全体の45%まで上昇している。
生産体制の拡充と人材育成への投資
急増する受注に対応するため、同社は2023年に第二工場を新設。総投資額は約18億円に上り、最新の5軸マシニングセンタを12台導入した。これにより生産能力は従来比で2.5倍に拡大。現在の従業員数は320名で、5年前と比べて150名増加している。
「設備投資も重要ですが、それ以上に大切なのは人材です」と藤崎社長は強調する。同社では新入社員に対して最低3年間の技能研修を実施。ベテラン職人がマンツーマンで指導し、三次元測定機の操作から表面粗さ測定まで、あらゆる検査技術を習得させる体制を整えている。
「精密加工の世界では、0.001mmの違いが製品の良し悪しを分けます。デジタル技術も活用しますが、最終的には人間の目と手による確認が不可欠。職人技術をいかに次世代に継承するかが、私たちの最大の課題です」
技術開発だけでなく、それを支える人材育成にも同じだけの情熱を注がなければ、真の競争力は生まれません。私たちは技術と人、両方への投資を惜しみません。
藤崎健一郎社長
2030年に向けた成長戦略と展望
現在、同社の売上高は約110億円。藤崎社長は2030年までに売上高200億円、営業利益率15%を目標に掲げている。その実現に向けて、三つの重点戦略を推進中だ。
第一に、次世代半導体製造装置向け部品の開発強化。特に2nm以下のプロセスに対応するEUV露光装置向け部品は、今後市場が急拡大すると予測されており、同社も積極的に参入する方針だ。すでに複数の装置メーカーと共同開発プロジェクトを進めている。
第二に、海外生産拠点の設立。2025年にはベトナムに初の海外工場を開設予定で、投資額は約25億円を見込む。「お客様の近くで生産することで、納期短縮とコスト削減を実現します。ただし、コア技術は日本国内で保持し続けます」と藤崎社長は明言する。
第三に、医療機器分野への参入。同社の超精密加工技術は、人工関節や手術器具などの医療機器製造にも応用可能だ。「医療機器市場は半導体とは異なる需要サイクルを持つため、事業ポートフォリオの多様化につながります」と藤崎社長は説明する。すでに大手医療機器メーカー2社と試作品の評価を進めており、2025年中の量産開始を目指している。
「私たちの強みは、他社が真似できない独自技術です。この技術をさらに磨き上げ、世界中のお客様に選ばれる企業になる。それが私の使命であり、創業者から受け継いだこの会社を未来へつなぐ責任だと考えています」
精密加工技術で日本のものづくりの未来を切り拓く東洋精密工業。その挑戦は、まだ始まったばかりだ。